。
「おまえ、叔母さんの話をきいていたかえ。」
「声はきこえても、何を話しているのか判りませんでした。」
わたくしは正直に答えたのですが、母はまだ疑っているようでした。そうして、たとい少しでも立ち聴きをされたものを、なまじいに隠し立てをするのは却《かえ》ってよくないと思ったらしく、小声でこんなことを言い出しました。
「おまえも薄うす聞いたらしいけれど、叔母さんの家《うち》にも困ることがあるんだよ。」
それは叔母さんの泣き声で大抵は推量していましたが、その事件の内容はちっとも知らないのでございます。わたくしは黙って母の顔をながめていますと、母は小声でまた話しつづけました。
「わたしもその事は薄うす聞いていたけれど、叔父さんはこのごろ何か悪い道楽を始めたらしいんだよ。商売《あきない》の方はそっちのけにして、夜も昼もどこへか出歩いている。この節は世間が騒々しくなって、刀屋の商売はどこの店も眼がまわるほど忙がしいという最中に、商売ごとは奉公人まかせで、主人は朝から晩まで遊び歩いていちゃあ仕様がないじゃないか。遊び歩くという以上、どうで碌なことはしないに決まっているし、叔父さんは随分お金を遣
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