《ただごと》ではあるまいと、年のゆかないわたくしも迂濶《うかつ》にはいるのを遠慮しました。そうして、お竈《へっつい》のそばに小さくなって奥の様子を窺っていますと、もともと狭い家ですから奥といっても鼻のさきで、ふたりの話し声はよく聞き取れます。叔母は小声で何か言いながらすすり泣きをしているようです。母も溜息をついているようです。どう考えても唯事ではないと思うと、わたくしも何だか悲しくなりました。そのうちに、話も大抵済んだとみえて、叔母は思い出したように言いました。
「まあちゃんまだ帰らないのかしら。」
 まあ[#「まあ」に傍点]ちゃんというのはわたくしの名で、お政というのでございます。それを切っかけに、顔を出そうか出すまいかと考えていますと、叔母はすぐに帰りかかりました。
「おや、いつの間にかすっかり夜になってしまって……。どうもお邪魔をしました。」
「ほんとうにあかりもつけないで……。」と、母も入口へ送って出るようです。
 その間にわたくしは茶の間にはいって行燈をつけました。叔母は格子をあけて出てゆく。母は引っ返して来て、わたくしがいつの間にか帰って来ているのに少し驚いているようでした
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