いことで、そのままに済んでしまったのですが、お定は年上でもあり、ふだんからおとなしい質《たち》の娘ですから、自分の妹とわたくしとが少しばかり角目立《つのめだ》ったのを気にかけて、帰るときにわざわざそんなことを言ったのだそうです。わたくしは年がゆかず、この通りのぼんやり者ですから、鋏の一件なんぞはとうに忘れてしまって、お定がなぜそんなことを言ったのかと、ただ不思議に思っていたのでございます。物の間違いはこんな詰まらないことから起るのでございましょう。お由がわたくしの兄のことに就いて、自分の姉を疑っていたのはどういうわけかよく判りませんが、それはお由の生れつきで、嫉妬ぶかい質《たち》の女であったらしいのです。その証拠には、後に兄と結婚しましてからも、とかくに嫉妬深いので、兄もずいぶん持て余していたようでございました。
お定は婿を貰いましたが、産後の肥立ちが悪くて早死にを致しました。兄の夫婦ももうこの世にはおりません。生き残っているものはわたくしだけでございますが、その当時の悲しい恐ろしい思い出が今も頭にありありと刻《きざ》まれていますので、忰や孫たちにもやかましく申聞かせまして、ほかの道
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