口なしでよく判りませんが、わたくしの横町へはいって、大きい銀杏の下に雨やどりをしているうちに、運わるく雷が落ちて来たらしいのです。前後の事情を考えると、どうしてもこう判断するよりほかはありません。よい辰が利かないからだを駕籠にのせて、会津屋へ呶鳴り込んで来たのも、それがためです。
 お春のことはまずそれとしまして、これからは叔父と娘ふたりの身の上でございますが、まったく勝負事にのぼせるというのは怖ろしいもので、叔父はもう夢中になってしまって、親子の情愛も忘れたらしいのでございます。勿論、盆前《ぼんまえ》にさしかかって諸方の借金に責められるという苦しい事情もあったのでしょうが、叔父は、ここで、どうしても勝ちたい、勝たなければならないと思ったらしいのです。それには前にも申す通り、どうしても強い虫を手に入れなければなりません。よい辰のところへ勝負に来る仲間はなんでも十人ほどありまして、その中で大木戸に住んでいる相模屋という煙草屋の亭主の持っている虫はたいそう強いので、叔父はしきりにそれを羨ましがって、どうか一匹譲ってくれないかと頼みますと、相模屋の亭主――名は善兵衛というのでございます。――
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