こんなからだになって、大事の稼ぎ人を殺されてしまって、あしたから生きて行くことが出来ねえ。」
 まったくよいよい[#「よいよい」に傍点]に相違ありません。呂律《ろれつ》のまわらない口でこんなことを頻りに繰返して呶鳴っているので、店の者はみんな困っているようでした。そのうちに誰かが呼んで来たのでしょう。町内の鳶頭《かしら》が来まして、なにかいろいろになだめて、駕籠屋にも幾らかの祝儀をやって、管《くだ》をまいているその男を無理に押込むように駕籠にのせて、ようようのことで追返してしまいました。鳶頭はまだそこに腰をかけて、店の者と何か話しているようでしたが、わたくしは奥へ通って叔母に逢いますと、叔母の顔はきのうに比べると、また俄かに窶《やつ》れたようにみえました。
「まあちゃん、お前さんにまで心配をかけて済みませんね。叔父さんは帰って来ないし、さあちゃんも行くえが知れないし、おまけにあんな奴が呶鳴り込んで来るし、わたしももうどうしていいか判らないんだよ。」
「あの人はどこの人です。」
「あれは新宿のよい辰[#「よい辰」に傍点]というんだとさ。よいよいの言う事だからよく判らないけれど、内の叔父さ
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