に知らせて来る筈になっているので、表を通る足音ももしやそれかと待ち暮らしていましたが、会津屋から何の知らせもありませんでした。母もわたくしも心配しながら寝床にはいりましたが、ゆうべもよく眠られませんでしたので、年のゆかないわたくしは枕に就くと正体もなしに寝入ってしまいました。あくる朝になって聞きますと、母はゆうべもよく寝付かれなかったそうでございます。
あさの御飯をたべてしまうと、わたくしは会津屋へ行きました。きょうも朝から照り付くような暑さで、わたくしは日傘を持って出ました。伝馬町《てんまちょう》の大通りへ出て、ふと見ますと、会津屋の前には大勢の人立ちがしているので、何とはなしにはっとして、急いで店先へ駈けて行きますと、そこには一挺の駕籠がおろしてありまして、一人の男が杖をそばに置いて、店先に腰かけています。その人相や、様子が、きのう聞いた新宿のよい辰[#「よい辰」に傍点]ではないかと思いながら、人込みの間からそっと覗いていますと、その男はもう五十以上でございましょう。なんだか舌のまわらないような口調で呶鳴っているのでございます。
「さあ、おれをどうしてくれるのだ。この年になって、
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