で賑やかな笑い声もきこえますが、わたくしは泣き出したいくらいに気が沈んで、門端《かどばた》へ出ようともしませんでした。女の足で京橋まで行ったのですから、暇《ひま》どれるのは判っていますが、母の帰って来るのがむやみに待たれます。そこへ会津屋の利吉という小僧がたずねて来ました。
「おかみさんはこちらへ来ていませんか。」
「さっき見えたんですけれど、これから市ヶ谷の占い者のところへ行く、といって帰りましたよ。」と、わたくしは正直に答えました。「そうして、おかみさんに何か用があるの。」
「ええ。」と、利吉は少し考えながら言いました。「実はおよっちゃんが……。」
「およっちゃんがどうして……。」と、わたくしはどきり[#「どきり」に傍点]としました。
「おかみさんが出ると、すぐ後から出て行って、いまだに帰って来ないんです。」
 お由も家出をしたのでしょうか。わたくしは驚くのを通り越して、呆れてしまいました。

     四

 この場合ですから、会津屋でもむやみに騒ぐのでしょうが、お由はまだほんとうに家出したかどうだか判ったものではないと、利吉の帰ったあとでわたくしは考え直しました。そう思っても何
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