から出してやりました。まだ不安心ですから、駕籠を頼もうかと言いましたが、母はもう大丈夫だと、歩いて出て行きました。
 わたくしが独りで留守番をするのは、今に始まった事ではありませんが、きょうはなんだか心さびしくてなりませんでした。日が暮れ切ってから会津屋の叔母が蒼い顔をして尋ねて来まして、叔父もお定もまだ行くえが知れない。お岩稲荷のお神籤《みくじ》を取ってみたらば、凶と出たということでした。
「おっかさんはどこへ……。」
 その返事にはわたくしも少し困りました。兄のことで京橋へ出て行ったと正直に話すわけにもゆかないので、芝の方によい占い者があるので、そこへ見てもらいに行ったと、いい加減の嘘をついて置きました。それもわたくしの知恵ではございません。もし会津屋から誰かが来たらば、まずそう言って置けと母から教えられていたのでございます。それでも知らぬが仏というのでございましょう。叔母は気の毒そうに溜息をついていました。
「みんなに心配をかけて済まないねえ。」
 叔母もこれから市ヶ谷の方の占い者のところへ行くといって帰りました。今夜も暑い晩で、近所の家では表へ縁台を出して涼んでいるらしく、方々
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