、わたくしも見舞ながら会津屋へ行きますと、叔母はいろいろの苦労でゆうべはまんじりともしなかったということで、気ぬけがしたように唯《ただ》ぼんやりしていました。気の毒とも何とも言いようがありません。妹のお由はお稽古を休んで、きょうは家にいました。どなたも大抵お気付きになっていることと存じますが、きのうお定がわたくしと別れるときに、およっちゃんと仲よくしてくれと言いました。それから家へ帰って、間もなくどこへか行ってしまったのですから、覚悟の上の家出ではないかと思われます。
 わたくしがなぜそれを母に洩らさないかといいますと、お定が家出をしたあとで迂濶にそんなことを言い出すと、そんなことがあったらば、なぜ早くわたしに言わないのかと母に叱られるのが怖ろしいので、ゆうべは勿論、けさになっても黙っていたのではございますが、こうして会津屋の店へ来て、叔母や店の人たちの苦労ありそうな顔をみていますと、わたくしももう黙ってはいられないような気になりました。
 それでも、叔母に向っては言い出しにくいので、帰るときにお由を表へ呼出して、小声でそのことを話しますと、お由は案外平気な顔をしていました。
「あたし
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