知っているわ。姉さんはふうちゃんと一緒に、どっかに隠れているのよ。」
 わたくしはまたびっくりしました。兄の房太郎は奉公中の身の上でございます。それが叔父のむすめを誘い出してどこにか隠れている。そんなことのあろう筈がありません。お由がなぜそんなことを言うのかと、わたくしは呆れてその顔をながめていますと、お由の眼はいつかうるんで来ました。
「ねえさん、あんまりだわ。」
 前にも申す通り、お定は総領ですから婿を取らなければなりません。そこで、妹娘のお由を兄の房太郎に娶《めあ》わせるという内約束になっていることは、わたくしも薄うす知っています。その妹の男を姉が横取りして、一緒にどこへか姿をかくしたとすれば、妹のお由が恨むのも無理はありません。しかしお定はそんな人間でしょうか。兄はそんな人間でしょうか。わたくしにはどうしても本当の事とは思われませんので、いろいろにその子細を詮議してみましたが、お由も確かな証拠を握っているのではないらしいのです。それでもきっとそれに相違ないと、涙をこぼして口惜しがっているのです。
 嘘か、本当か、なにしろこうなってはうかうかしていられないので、わたくしは急いで家
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