なったらしいというんですよ。」
「それじゃあ、その男というのがこの辺にいるんでしょうか。」と、となりの左官《さかん》屋のむすめが訊きました。
「大方そうでしょうよ。うっかり出て来ると面倒だと思って、知らん顔をして引っ込んでいるんでしょうが、そんな不人情なことをすると、女の恨みがおそろしいじゃありませんか。女の思いが蛇と一緒になって執りつかれた日にゃあ、大抵の男も参ってしまいまさあね。」と、おかみさんはまた笑いました。
 家へはいって、わたくしは母にそっと話しますと、母は考えていました。
「それにしても、まさかに叔父さんがその相手じゃあるまい。」
「そうでしょうねえ。」
「そりゃ男のことだから何ともいえないけれど、叔父さんは四十一で、親子ほども年が違うんだからねえ。」と、母はあくまでもそれを信じないような口ぶりでした。
 叔父がその女の相手であるかないかは別として、ともかくも叔父がその女を識っているのは事実ですから、叔父が帰って来れば恐らく詳しいことも判るだろうと思われました。母はけさも会津屋へ出かけて行きましたが、叔父もお定もやはり音沙汰なしだというのでございます。
 母と入れかわって
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