って、わたくし共がどうすることも出来ないのですから、母もわたくしも心配しながらその晩は遅く寝床にはいりました。夕立のあとは余ほど涼しくなったのでございますが、二人ながらおちおち眠られませんでした。
寝苦しい一夜を明かすと、あしたは晴れていて朝から暑くなりました。雷に撃たれた銀杏の木は、大きい枝を半分折られたのですが、その幹には蝉《せみ》が飛んで来て、ゆうべの事なんぞはなんにも知らないように朝からそうぞうしく鳴いていました。裏の井戸へ水を汲みに出ると、近所の娘やおかみさんが二、三人あつまって、ゆうべの女の噂で賑わっていました。そのなかで仕事師《しごとし》のおかみさんが、その後の成行きを一番よく知っていて、みんなに話して聞かせました。
「あの女はよい辰[#「よい辰」に傍点]という遊び人の娘で、去年まで新宿の芸妓をしていたんですとさ。それが近江屋という質屋の旦那の世話になって、今では商売をやめて家《うち》にぶらぶらしていたんだそうです。お父《とっ》さんは遊び人で、土地でも相当に顔が売れていた男なんですが、五、六年前からよいよい[#「よいよい」に傍点]になってしまって、この頃では草履をはいて
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