正直に言えばよかったのでしょうが、わたくしは何だか言いそびれて、叔母さんはわたしがお湯に行っている留守に来たのだから、どんな話をしたのかよく知らないと、いい加減にごまかしてしまいました。お定はだまってうなずいていましたが、その苦労ありそうな顔は、わたくしにもよく判りました。やがて横町の角へ来たので、そこで別れて二、三間ほど歩き出しますと、お定は引っ返してわたくしのあとを追って来ました。そうして、わたくしの耳の端《はた》へ口を寄せるようにして、小声に少し力を籠《こ》めて言いました。
「およっちゃんと仲よくして頂戴よ。」
そう言ったかと思うと、足早にまた引っ返して行ってしまいました。なんの訳だか判りません。きょうに限って、お定がなぜわざわざそんなことを言ったのか、わたくしも少しおかしく思いました。
およっちゃんというのは妹のお由のことで、わたくしの兄とは三つ違いでございまして、従妹《いとこ》同士の重縁《じゅうえん》でゆくゆくは兄と一緒にするという相談が、双方の親たちのあいだに結ばれていることを、わたくしも薄うす承知していましたから、わたくしに向っておよっちゃんと仲よくしてくれというのは
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