顔色をうかゞひながら丁寧に挨拶《あいさつ》してゐました。
わたくしは人車《じんしゃ》鉄道に乗つて小田原へ着きましたのは、午前十一時頃でしたらう。好い塩梅《あんばい》に途中から雲切れがして来まして、細《こまか》い雨の降つてゐる空の上から薄い日のひかりが時々に洩《も》れて来ました。陽気も急にあたゝかくなりました。小田原から電車で国府津に着きまして、そこの茶店《ちゃみせ》で小田原|土産《みやげ》の梅干を買ひました。それは母から頼まれてゐたのでございます。
十二時何分かの東京行列車を待合せるために、わたくしは狭い二等待合室に這入《はい》つて、テーブルの上に置いてある地方新聞の綴込《とじこ》みなどを見てゐるうちに、空はいよ/\明るくなりまして、春の日が一面にさし込んで来ました。日曜でも祭日でもないのに、けふは発車を待ちあはせてゐる人が大勢ありまして、狭い待合室は一杯になつてしまひました。わたくしはなんだか蒸暖《むしあった》かいやうな、頭がすこし重いやうな心持になりましたので、雨の晴れたのを幸ひに構外の空地《あきち》に出て、だん/\に青い姿をあらはしてゆく箱根の山々を眺めてゐました。
そのう
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