すから申上げません。そこで今朝はいよ/\発つと云ふことになりまして、継子さんとわたくしとは早く起きて風呂場へまゐりますと、なんだか空が曇つてゐるやうで、廊下の硝子《がらす》窓から外を覗《のぞ》いてみますと、霧のやうな小雨が降つてゐるらしいのでございます。雨か靄《もや》か確《たしか》にはわかりませんが、中庭の大きい椿《つばき》も桜も一面の薄い紗《しゃ》に包まれてゐるやうにも見えました。
「雨でせうか。」
 二人は顔を見あはせました。いくら汽車の旅にしても、雨は嬉《うれ》しくありません。風呂に這入《はい》つてから継子さんは考へてゐました。
「ねえ、あなた。ほんたうに降つて来ると困りますね。あなたどうしても今日お帰りにならなければ不可《いけな》いんでせう。」
「えゝ火曜日には帰ると云つて来たんですから。」と、わたくしは云ひました。
「さうでせうね。」と、継子さんは矢はり考へてゐました。「けれども、降られるとまつたく困りますわねえ。」
 継子さんは頻《しき》りに雨を苦にしてゐるらしいのです。さうして、もし雨だつたらばもう一日逗留して行きたいやうなことを云ひ出しました。わたくしの邪推かも知れませ
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