くし》どもの眼《め》や心を楽ませたか知れません。国府津から小田原、小田原から湯河原、そのあひだも二人は絶えず海や山に眼を奪はれてゐました。宿屋の男に案内されて、ふたりが馬車に乗つて宿に行き着きましたのは、もう午後四時に近い頃でした。
「やあ来ましたね。」
 継子さんの阿兄《おあにい》さんは嬉《うれ》しさうに私《わたくし》どもを迎へてくれました。阿兄さんは不二雄《ふじお》さんと仰《おっ》しやるのでございます。不二雄さんはもうすつかり[#「すつかり」に傍点]癒《なお》つたと云つて、元気も大層よろしいやうで、来月中旬には帰京すると云ふことでした。
「どうです。わたしの帰るまで逗留して、一緒に東京へ帰りませんか。」などと、不二雄さんは笑つて云ひました。
 その晩は泊りまして、あくる日は不二雄さんの案内で近所を見物してあるきました。春の温泉場――そののびやかな気分を今更《いまさら》委《くわ》しく申し上げませんでも、どなたもよく御存じでございませう。わたくし共はその一日を愉快に暮しまして、あくる火曜日の朝、いよ/\こゝを発《た》つことになりました。その間にも色々のお話がございますが、余り長くなりま
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