枕をならべさせて、その淫楽をほしいままにさせると、僧は眉をも動かさず、かたわらに人なきがごとくに談笑自若としていたが、時を経るにつれて眼をそむけて、遂にその眼をまったく瞑《と》じた。
 その隙《すき》をみて、劉は剣をぬいたかと思うと、僧の首はころりと床に落ちた。

   鬼影

 泉《せん》州の人が或る夜、ともしびの前で自分の影をみかえると、壁に映っているのは自分の形でなかった。
 不思議に思ってよく視ると、大きい首に長い髪が乱れかかって、手足は鳥の爪のように曲がって尖っている。その影はたしかに一種の鬼であった。しかも、その怪しい影は自分の形に伴っていて、自分の動く通りに動いているのである。大いにおどろいて家内の者を呼びあつめると、その影は誰の眼にも怪しく見えるのであった。
 それが毎晩つづくので、その人も怖ろしくなった。家内の者もみな懼《おそ》れた。しかしその子細は判らないので、唯いたずらに憂い懼れていると、となりに住んでいる塾の先生が言った。
「すべての妖はみずから興《おこ》るのでなく、人に因って興るのである。あなたは人に知られない悪念を懐《いだ》いているので、その心の影が羅刹《ら
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