せつ》となって現われるのではあるまいか」
 その人は慄然《りつぜん》として、先生の前に懴悔《ざんげ》した。
「実はわたくしは或る人に恨みを含んでいるので、近いうちにその一家をみな殺しにして、ここを逃げ去って、賊徒の群れに投じようかと考えていたところでした。今のお話でわたくしも怖ろしくなりました。そんな企ては断然やめます」
 その晩から彼の影は元の形に復《かえ》った。

   茉莉花

 ※[#「門<虫」、第3水準1−93−49]中《みんちゅう》の或る人の娘はまだ嫁入りをしないうちに死んだ。それを葬ること式《かた》のごとくであった。
 それから一年ほど過ぎた後、その親戚の者がとなりの県で、彼女とおなじ女を見た。その顔かたちから声音《こわね》までが余りによく肖《に》ているので、不意にその幼な名を呼びかけると、彼女は思わず振り返ったが、又もや足を早めて立ち去った。
 親戚は郷里へ帰ってそれを報告したので、両親も怪しんで娘の塚をあけてみると、果たして棺のなかは空《から》になっていた。そこで、そのありかを尋《たず》ねてゆくと、女は両親を識らないと言い張っていたが、その腋《わき》の下に大きい痣《あ
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