、声をはげしゅうして叱り付けると、人形の群れは一度に散って消え失せた。翌日その人形をことごとく焚《や》いてしまったが、その後は別に変ったこともなかった。
 物が久しくなると妖をなす。それを焚けば精気が溶けて散じ、再び聚《あつ》まることが出来なくなる。また何か憑《よ》る所があれば妖をなす。それを焚けば憑る所をうしなう。それが物理の自然である。

   奇門遁甲

 奇門遁甲《きもんとんこう》の書というものが多く世に伝えられている。しかも皆まことの伝授でない。まことの伝授は口伝《くでん》の数語に過ぎないもので、筆や紙で書き伝えるのではない。
 徳《とく》州の宋清遠《そうせいえん》先生は語る。あるとき友達をたずねると、その友達は宋をとどめて一泊させた。
「今夜はいい月夜だから、芝居を一つお目にかけようか」
 そこで、橙《だいだい》の実十余個を取って堂下にころがして置いて、二人は堂にのぼって酒を飲んでいると、夜も二更《にこう》に及ぶころ、ひとりの男が垣を踰《こ》えて忍び込んで来たが、彼は堂下をぐるぐる廻りして、一つの橙に出逢うごとに、よろけて躓《つまず》いて、ようように跨《また》いで通るのであ
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