幸いにその血が一つに合ったので、裁判は直ちに兄側の勝訴となって、弟は笞《むちう》って放逐するという宣告を受けた。
しかし弟は、滴血などという古風の裁判を信じないと言った。彼は自分にも一人の子があるので、試みにその血をそそいでみると、かれらの血は一つに合わなかった。彼はそれを証拠にして、現在、父子《おやこ》すらもその血が一つに合わないのであるから、滴血などをもって裁判をくだされては甚だ迷惑であると、逆捻《さかね》じに上訴した。彼としては相当の理屈もあったのであろうが、不幸にして彼は周囲の人びとから憎まれていた。
「あの父子の血が一つに寄らないのは当り前だ。あの男の女房は、ほかの男と姦通しているのだ」
この噂が官にきこえて、その妻を拘引して吟味すると、果たしてそれが事実であったので、弟は面目を失って、妻を捨て、子を捨てて、どこへか夜逃げをしてしまった。その資産はとどこおりなく兄に引き渡された。
由来、滴血のことは遠い漢代から伝えられているが、経験ある老吏について著者の聞いたところに拠ると、親身の者の血が一つに合うのは事実である。しかし冬の寒い時に、その器《うつわ》を冷やして血をそそぐ
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