仏事を営み、かの丹袴《たんこ》を火に焚《や》いてしまうと、その後はなんの怪しいこともなかった。
慶忌
張允恭《ちょういんきょう》は明《みん》の天啓《てんけい》年間の進士《しんし》(官吏登用試験の及第者)で、南陽《なんよう》の太守となっていた。
その頃、河を浚《さら》う人夫らが岸に近いところに寝宿《ねとま》りしていると、橋の下で哭《な》くような声が毎晩きこえるので、不審に思って大勢《おおぜい》がうかがうと、それは大きい泥鼈《すっぽん》であった。こいつ怪物に相違ないというので、取り押えて鉄の釜で煮殺そうとすると、たちまちに釜のなかで人の声がきこえた。
「おれを殺すな。きっとお前たちに福を授けてやる」
人夫らは怖ろしくなって、ますますその火を強く焚《た》いたので、やがて泥鼈は死んでしまった。試みにその腹を剖《さ》いてみると、ひとりの小さい人の形があらわれた。長さ僅かに五、六寸であるが、その顔には眉も眼も口もみな明らかにそなわっているので、彼らはますます怪しんで、それを太守の張に献上することになった。張もめずらしがって某学者に見せると、それは管子《かんし》のいわゆる涸沢《こたく
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