を買って来た。その丹《あか》い色が美しいので衣桁《いこう》の上にかけて置くと、夜ふけて彼が眠ろうとするときに、ひとりの美しい女が幃《とばり》をかかげて内を窺っているらしいので、周はおどろいて咎《とが》めると、女は低い声で答えた。
「わたくしはこの世の人ではありません」
周はいよいよ驚いて表へ逃げ出した。夜があけてから、近所の人びともその話を聞いて集まって来ると、女の声は袴のなかから洩れて出るのである。声は近いかと思えば遠く、遠いかと思えば近く、暫くして一個の美人のすがたが烟《けむ》りのようにあらわれた。
「わたくしは博羅《はくら》に住んでいた韓氏《かんし》の娘でございます。城が落ちたときに、賊のために囚《とら》われて辱《はず》かしめを受けようとしましたが、わたくしは死を決して争い、さんざんに賊を罵って殺されました。この袴は平生わたくしの身に着けていたものですから、たましいはこれに宿ってまいったのでございます。どうぞ不憫《ふびん》とおぼしめして、浄土へ往生の出来ますように仏事をお営みください」
女は言いさして泣き入った。人びとは哀れにも思い、また不思議にも思って、早速に衆僧をまねいて
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