女がどこからか現われた。
「御心配なさることはありません。あなたは休養のために二、三日の暇を貰うことにして、あなたの輿《こし》のなかへ家僕の死骸をのせて持ち出せば、誰も気がつく者はありますまい」
言われた通りにして、彼は家僕の死骸をひそかに運び出すと、あたかも軍門を通過する時に、その輿のなかからおびただしい血がどっ[#「どっ」に傍点]と流れ出したので、番兵らに怪しまれた。彼はひき戻されて取調べを受けると、その言うことも四度路《しどろ》で何が何やらちっとも判らない。楊公も怪しんで、試みに兵事を談じてみると、ただ茫然として答うるところを知らないという始末である。いよいよ怪しんで厳重に詮議すると、彼も遂に鏡の一条を打ちあけた。そうして先日来の議論はみな彼女が傍から教えてくれたのであることを白状した。
そこで、念のためにその鏡を取ろうとすると、鏡は大きいひびきを発してどこへか飛び去った。彼は獄につながれて死んだ。
韓氏の女
明《みん》の末のことである。
広州《こうしゅう》に兵乱があった後、周生《しゅうせい》という男が町へ行って一つの袴《こ》(腰から下へ着ける衣《きぬ》である)
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