の夢にあらわれた。
「あれほど頼んで置いたのに、折角の修煉も仇《あだ》になってしまいました。しかしそれも自然の命数で、あなたを恨んでも仕方がありません。ただその鏡は大切にしまって置いて下さい。かならずあなたの幸いになることがあります」
彼はそれを信じて、その鏡を大切に保存していると、鏡はときどきに声を発することがあった。ある夜、かの女が又あらわれて彼に教えた。
「宰相の楊公が江陵に府を開いて、才能のある者を徴《め》したいといっています。今が出世の時節です。早くおいでなさい」
その当時、楊公が荊州に軍をとどめているのは事実であるので、忰は夢の教えにしたがって軍門に馳せ参じた。楊公が面会して兵事を談じると、彼は議論縦横、ほとんど常人の及ぶところでないので、楊公は大いにこれを奇として、わが帷幕《いばく》のうちにとどめて置くことにした。忰は一人の家僕を連れていた。それは女の死骸から鏡を奪うことを勧めた男である。
こうして、その出世は眼前にある時、彼は瑣細《ささい》のことから激しく立腹して、かの家僕を撲《ぶ》ち殺した。自宅ならば格別、それが幕営のうちであるので、彼もその始末に窮していると、
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