娠中に死亡したので、その亡骸《なきがら》を村内の古廟のうしろに葬った。その後、廟に近い民家の者が草むらのあいだに灯《ひ》の影を見る夜があった。あるときは何処《どこ》かで赤児《あかご》の啼く声を聞くこともあった。
 街《まち》に近い餅屋へ毎日餅を買いに来る女があって、彼女は赤児をかかえていた。それが毎日かならず来るので、餅屋の者もすこしく疑って、あるときそっとその跡をつけて行くと、女の姿は廟のあたりで消え失せた。いよいよ不審に思って、その次の日に来た時、なにげなく世間話などをしているうちに、隙《すき》をみて彼女の裾に紅い糸を縫いつけて置いて、帰る時に再びそのあとを付けてゆくと、女は追って来る者のあるのを覚ったらしく、いつの間にか姿を消して、糸は草むらの塚の上にかかっていた。
 近所で聞きあわせて、塚のぬしの夫へ知らせてやると、夫をはじめ、一家の者が駈け付けて、試みに塚をほり返すと、赤児は棺のなかに生きていた。女の顔色もなお生けるが如くで、妊娠中の胎児が死後に生み出されたものと判った。
 夫の家では妻の亡骸《なきがら》を灰にして、その赤児を養育した。

   海中の紅旗

 丞相《じょうし
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