《かいげんじ》には寓居の客が多かった。ある夏の日に、その客の五、六人が寺の門前に出ていると、ひとりの女が水を汲みに来た。
 客の一人は幻術をよくするので、たわむれに彼女を悩まそうとして、なにかの術をおこなうと、女の提げている水桶が動かなくなった。
「みなさん、御冗談をなすってはいけません」と、女は見かえった。
 客は黙っていて術を解かなかった。暫くして女は言った。
「それでは術くらべだ」
 彼女は荷《にな》いの棒を投げ出すと、それがたちまちに小さい蛇となった。客はふところから粉《こな》の固まりのような物を取り出して、地面に二十あまりの輪を描いて、自分はそのまん中に立った。蛇は進んで来たが、その輪にささえられて入ることが出来ない。それを見て、女は水をふくんで吹きかけると、蛇は以前よりも大きくなった。
「旦那、もう冗談はおやめなさい」と、彼女はまた言った。
 客は自若《じじゃく》として答えなかった。蛇はたちまち突入して、第十五の輪まで進んで来た。女は再び水をふくんで吹きかけると、蛇は椽《たるき》のような大蛇となって、まん中の輪にはいった。ここで女は再びやめろと言ったが、客は肯《き》かなかっ
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