た。蛇はとうとう客の足から身体にまき付いて、頭の上にまで登って行った。
 往来の人も大勢立ちどまって見物する。寺の者もおどろいた。ある者は役所へ訴え出ようとすると女は笑った。
「心配することはありません」
 その蛇を掴んで地に投げつけると、忽ち元の棒となった。彼女はまた笑った。
「おまえの術はまだ未熟だのに、なぜそんな事をするのだ。わたしだからいいが、他人に逢えばきっと殺される」
 客は後悔してあやまった。彼は女の家へ付いて行って、その弟子になったという。

   渡頭の妖

 邵武《しょうぶ》の渓河《たにがわ》の北に怪しい男が棲んでいて、夜になると河ばたに出て来た。そうして徒渉《かちわた》りの者をみると、必ずそれを背負って南へ渡した。ある人がその子細を訊くと、彼は答えた。
「これは私の発願《ほつがん》で、別に子細はありません」
 ここに黄敦立《こうとんりゅう》という胆勇の男があって、彼は何かの害をなす者であろうと疑った。そこで、試みに毎晩出てゆくと、かの男はいつものように彼を背負って渡った。三日の後、黄は彼に言った。
「人間の礼儀はお互いという。わたしはいつもお前に渡してもらうから、
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