俄かに引っ返して、あとをも見ずに走り去ったので、かれらはその間に墻を乗り越えてはいったが、内心びくびくしていた。おそらく無断外出を夜廻りに見付けられて、譴責《けんせき》を受けるか、退学を命ぜられるかと、その夜は碌々眠られなかった。
 その明くる日である。夜廻りの邏卒《らそつ》が府庁に出て申し立てた。
「昨夜の二更《にこう》、大雨の最中に、しかじかの処を廻って居りますと、忽ちに一つの怪物が北の方角から参りました。上は四角で平らで、蓆《むしろ》のようで、糢糊《もこ》として判りません。その下にはおよそ二、三十の足のような物がありまして、人のようにぞろぞろと歩いて参りまして、学校の墻のあたりへ来て消え失せました」
 その報告におどろいた郡守以下の役人らは、それがいかなる怪物であるか、ほとんど想像が付かなかった。その噂がそれからそれへと拡まって、何か巨大な怪物がここらに出現するという風説が騒がしくなった。
 町々では厄払いの道場を設けて、三昼夜の祈祷をおこない、その怪物の絵姿をかいて神社の前で磔刑《はりつけ》にした。
 世の怪談にはこの類が少なくない。

   術くらべ

 鼎《てい》州の開元寺
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