ったが、やはり未練があるのでそのままにして置くと、次の夜にも又もや門を叩いて彼女を渡せという者があった。鄭も意地になってそれを拒《こば》んだ。
「畜生。なんとでもいえ。女を連れて行きたければ、勝手に連れて行ってみろ。おれは決して渡さないぞ」
 相手は毎夜のように門を叩きに来るのを、鄭はいつも強情に罵って追い返した。たがいに根《こん》くらべを幾日もつづけているうちに、ある夜かの女は俄かに歯が痛むと言い出して、夜通し唸《うな》って苦しんでいたが、朝になってみると、その歯が三重に生えて、さながら鬼のような形相《ぎょうそう》になったので、主人は勿論、一家内の者がみな怖れた。
 こうなると、もう仕様がない。彼女は即日に暇を出された。
 何分にもこんな形になってしまっては、誰も引き取る者もないので、彼女は遂に乞食の群れに落ちて死んだ。

   鬼に追わる

 宋の紹興《しょうこう》二十四年六月、江州|彭沢《ほうたく》の丞を勤める沈持要《ちんじよう》という人が、官命で臨江へゆく途中、湖口《ここう》県を去る六十里の化成寺《かせいじ》という寺に泊まった。
 その夜、住職をたずねると、僧は彼にむかって客室
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