つは免《まぬ》かれないであろうと危ぶまれた。
林は独身者であるが、近来その部屋のなかで頻《しき》りに人声を聞くことがあった。殊に或る夜は何か声高《こわだか》に論じ合っているようであったが、暫くしてひっそりと鎮まった。あくる朝になっても戸もあけないので、出入りの婆さんが不思議に思って、近所の人びとを呼びあつめ、壁をぶちこわしてはいってみると、林は腰掛けの上にたおれていた。かれは剪刀《はさみ》で喉を突いて自殺したのである。
さてその死因はわからなかった。伝うるところに拠れば、彼がさきに盗賊二人を捕えた時、いずれもその証拠不十分であるにも拘《かかわ》らず、彼は自己の功をなすに急なる余りに、鍛錬|羅織《らしき》して無理にかれらを罪人におとしいれた。その恨みが重要書類の紛失となり、さらに彼の死となったのであろうというのである。但しそれが死んだ人の仕業《しわざ》か、生きている人の仕業か、本人に聞いてみなければ判らないのである。
股を焼く
宋の宣和《せんな》年中に、明州|昌国《しょうこく》の人が海あきないに出た。海上何百里、名の知れない大きい島に舟を寄せて、そのうちの数人が薪《たきぎ
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