を飲ませてくれと言うと、娘はこころよく茶をすすめた。しかもその貧しいのを憫れんで銭《ぜに》を取らなかった。その以来、かの乞食は毎日ここへ茶を飲みに来ると、娘は特に佳い茶をこしらえてやった。
それがひと月もつづいたので、父もそれを知って娘を叱った。
「あんな奴が毎日来ると、ほかの客の邪魔になる。今度来たら追い出してしまえ」
それでも娘はやはり今までの通りにしているので、父はいよいよ怒って彼女を打《ぶ》つこともあった。そのうちに、かの乞食が来て、いつものように茶を飲みながら娘に言った。
「お前はわたしの飲みかけの茶を飲むか」
これには娘もすこし困って、その茶碗の茶を土にこぼすと、たちまち一種不思議のよい匂いがしたので、彼女は怪しんでその残りを飲みほした。
「わたしは呂翁《りょおう》という者だ」と、乞食は言った。「おまえは縁がなくて、わたしの茶をみんな飲まなかったが、少し飲んでも福はある。富貴か、長寿か、おまえの望むところを言ってみろ」
娘は小商人《こあきんど》の子に生まれ、しかもまだ小娘であるので、富貴などということはよく知らなかった。そこで、彼女は長寿を望むと答えると、乞食はうな
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