が軽々しく夢を信ずるということがありますか。こうして檀家の方々も見えているのに、和尚のあなたが、子細もなしに寺を捨てて立ち去ったなどとあっては、世間の信仰をうしなってしまいます。今は国ざかいも平穏で、女真《じょしん》のえびすなどが押し寄せて来るという警報もないのに、一刻を争って立ち退くには及びますまい」
 かれらの言うことに道理もあるので、講師はこころならずもひき留められて、かれらと共に供養の式を営み、あわせて法談を試むることになった。法談が終って、衆僧がみな午飯《ひるめし》を食いはじめると、たちまちに女真の兵がにわかに押し寄せて来たという警報を受取った。もちろん不意のことであるから、城はいっ時の後に攻め破られた。
 僧らもあわてて逃げ惑ったが、もう遅かった。城中の人と寺中の僧と、死んだ者の数はかの神の告げに符合していた。講師も身を全うすることが出来なかった。

   乞食の茶

 都の石氏《せきし》という家では茶肆《ちゃみせ》を開いて、幼い娘に店番をさせていた。
 ある時、その店へ気ちがいのような乞食が来た。垢《あか》だらけの顔をして、身には襤褸《ぼろ》をまとっているのである。彼は茶
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