た。
「われは天符を受取って、それに因るとこの城中の者はみな死すべきである。それは余りにいたましいので、われは毎日奔走尽力して、出来得るだけの人命を救うことにした。明日の午《ひる》どきに女真《じょしん》の兵が突然に襲って来て、この城は落ちる。そうして、逃がるまじき命数の者一千三百余人だけは命を失わなければならない。そのうちにはこの寺の僧四十余人も数えられている。あなたもその一人であるが、われは久しくこの地にあって、ふだんから師の高徳に感じているのであるから、死者の名簿を改訂して他人の名に換えて置いた。就いては、明日早朝にここを立ち退くがよろしい」
講師は夢が醒めて奇異に感じた。それを他の僧らに話したが、誰も信じる者がないので、講師も一時はやや躊躇したが、鉄塔神の霊あることはかねて知っているので、とうとう思い切って自分だけの荷物を取りまとめて、寺のうしろの山へ逃げ登った。
行くこと五里ばかりにして、講師は白金の食器を置き忘れたことを思い出したので、ふたたび下山して寺へ引っ返すと、あたかも檀家で供養をたのみに来ている者があった。他の僧らは講師の顔をみて喜んだ。
「あなたのような偉いかた
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