二、三度往復して、徐は大金儲けをしましたが、それから一年ほども間を置いて訪ねてゆくと、もう其の家は見えませんでした。
 あんな大きい邸宅がどこへ移転したのかと、近所の里の人びとに聞き合わせると、初めからそんな家のあったことさえも知らないというのでした。

   鬼国

 梁《りょう》の時、青《せい》州の商人が海上で暴風に出逢って、どことも知れない国へ漂着しました。遠方からみると、それは普通の嶋などではなく、山や川や城もあるらしいのです。
「どこだろう」
「そうですねえ」と、船頭も考えていました。「わたし達も多年の商売で、方々へ吹き流されたこともありますが、こんな処へは一度も流れ着いたことがありません。なんでもここらの方角に鬼国《きこく》というのがあると聞いていますから、あるいはそれかも知れません」
 なにしろ訪ねてみようというので、人びとが上陸すると、家の作りや田畑のさまは中国とちっとも変りません。ただ変っているのは、途中で逢う人びとに会釈《えしゃく》しても、相手はみな知らない顔をして行き過ぎてしまうのです。むこうの姿はこちらに見えても、こちらの姿はむこうに見えないらしいのです。
 やがて城門の前に行き着くと、そこには門を守る人が立っているので、こちらでは試みに会釈すると、かれらはやはり知らない顔をしているのです。そこで、構わずに城内へはいり込んでゆくと、建物もなかなか宏壮で、そこらを往来している人物もみな立派にみえますが、どの人もやはりこちらを見向きもしないので、ますます奥深く進んでゆくと、その王宮では今や饗宴の最中らしく、大勢の家来らしい者が列坐している。その服装も器具も音楽もみな中国と大差がないのでした。
 咎める者がないのを幸いに、人びとは王座のそばまで進み寄ってうかがうと、王は俄かに病いにかかったという騒ぎです。そこで巫女《みこ》らしい者を呼び出して占わせると、かれはこう言いました。
「これは陽地の人が来たので、その陽気に触れて、王は俄かに発病されたのでござります。しかしその人びとも偶然にここへ来合わせたので、別に祟《たた》りをなすというわけでもござりませんから、食い物や乗り物をあたえて還《かえ》してやったらよろしゅうござりましょう」
 すぐに酒や料理を別室に用意させたので、人びとはそこへ行って飲んだり食ったりしていると、巫女をはじめ他の家来らも来て何か祈っているようでした。そのうちに馬の用意も出来たので、人びとはその馬に乗って元の岸へ戻って来ましたが、初めから終りまで向うの人たちにはこちらの姿が見えなかったらしいということでした。
 これは作り話でなく、青州の節度使|賀徳倹《がとくけん》、魏博《ぎはく》の節度使|楊厚《ようこう》などという偉い人びとが、その商人《あきんど》の口から直接に聴いたのだと申します。

   蛇喰い

 安陸《あんりく》の毛《もう》という男は毒蛇を食いました。食うといっても、酒と一緒に呑むのだそうですが、なにしろ変った人間で、蛇食い又は蛇使いの大道《だいどう》芸人となって諸国を渡りあるいた末に、予章《よしょう》という所に足をとどめて、やはり蛇を使いながら十年あまりも暮らしていました。
 すると、ここに薪《たきぎ》を売る者がありまして、※[#「番+おおざと」、第3水準1−92−82]陽《はんよう》から薪を船に積んで来て、黄培山《こうばいさん》の下に泊まりますと、その夜の夢にひとりの老人があらわれて、わたしが頼むから、一匹の蛇を江西の毛《もう》という蛇使いの男のところへ届けてくれと言いました。そこで、その人は予章へ行って、毛のありかを探しているうちに、持って来た薪も大抵は売り尽くしてしまいました。
 そのときに一匹の蒼白い蛇が船舷《ふなぞこ》にわだかまっているのを初めて発見しましたが、蛇は人を見てもおとなしくとぐろ[#「とぐろ」に傍点]を巻いたままで逃げようともしません。さてはこの蛇だなと気がついて、それを持って岸へあがりますと、ようように毛という男の居どころが判りました。
 毛はその蛇を受取って引き伸ばそうとすると、蛇はたちまちに彼の指を強く噛みましたので、毛はあっ[#「あっ」に傍点]と叫んで倒れましたが、それぎりで遂に死んでしまいました。そうして、その死骸は間もなく腐って頽《くず》れました。
 蛇はどこへ行ったか、そのゆくえは知れなかったそうです。

   地下の亀

 李宗《りそう》が楚州の刺史《しし》(州の長官)となっている時、その郡ちゅうにひとりの尼がありまして、ある日、町なかをあるいていると、たちまち大地に坐ったままで動かなくなりました。おまけに幾日も飲まず食わずにいるのです。
 その訴えを聞いて、李は武士らに言い付けて無理にその尼のからだを引き起して、試みにその坐っていた地の下をほ
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