いには息が続かなくなって、実に弱り果てました。その夢が醒めると、火を吹いていた口唇《くちびる》がひどく腫《は》れあがって、なんだか息が切れて、十日《とおか》ばかりは苦しみました」
 それを聞いて、張はいよいよ不思議に思いました。
 劉はこういう奇術を知っているために、河南の尹《いん》を勤めている張全義《ちょうぜんぎ》という人に尊敬されていましたが、あるとき張全義が梁《りょう》の太祖《たいそ》と一緒に食事をしている際に、太祖は魚の鱠《なます》が食いたいと言い出しました。
「よろしゅうございます」と、張全義は答えました。「わたくしの所へまいる者に申し付ければ、すぐに御前へ供えられます」
 すぐに劉を呼び寄せると、劉は小さい穴を掘らせ、それにいっぱいの水を湛《たた》えさせて、しばらく釣竿を垂れているうちに、五、六尾の魚をそれからそれへと釣りあげました。その不思議に驚くよりも、太祖は大いに怒りました。
「こいつ、妖術をもって人を惑わす奴だ」
 背を打たせること二十|杖《じょう》の後、首枷《くびかせ》手枷《てかせ》をかけて獄屋につながせ、明日かれを殺すことにしていると、その夜のうちに劉は消えるように逃げ去って、誰もそのゆくえを知ることが出来ませんでした。

   桃林の地妖

 ※[#「門<虫」、第3水準1−93−49]《みん》の王審知《おうしんち》はかつて泉《せん》州の刺史《しし》(州の長官)でありましたが、州の北にある桃林《とうりん》という村に、唐末の光啓《こうけい》年中、一種の不思議が起りました。
 ある夜、一村の土地が激しく震動して、地下で数百の太鼓を鳴らすような響きがきこえましたが、明くる朝になってみると、田の稲は一本もないのです。試みに土をほり返すと、その稲はみな地中に逆《さか》さまに生えていました。
 その年、審知は兄の王潮《おうちょう》と共に乱を起して晋安《しんあん》に勝ち、ことごとく欧※[#「門<虫」、第3水準1−93−49]《おうみん》の地を占有して、みずから※[#「門<虫」、第3水準1−93−49]王と称することになりました。それから伝うること六十年、延義《えんぎ》という人の代に至って、かの桃林の村にむかしの地妖が再び繰り返されました。やはり一村の地下に怪しい太鼓の音がきこえたのです。但しその時はもう刈り入れが終ったのちで、稲の根だけが残っていたのですが、土を掘ってみると、それが前と同じように、みな地中に逆さまに立っていました。
 その年、延義は家来のために殺されて、王氏は滅亡しました。

   怪青年

 軍吏《ぐんり》の徐彦成《じょげんせい》は材木を買うのを一つの商売にしていまして、丁亥《ていがい》の年、信《しん》州の※[#「さんずい+内」、第4水準2−78−24]口場《ぜいこうじょう》へ材木を買いに行きましたが、思うような買物が見当らないので、暫くそこに舟《ふな》がかりをしていると、ある日の夕暮れ、ひとりの青年が二人の僕《しもべ》をつれて、岸のあたりを人待ち顔に徘徊しているのを見ましたので、徐は声をかけてその三人を舟へ呼び込み、有り合わせの酒や肴を馳走すると、青年はひどく気の毒がっているようでしたが、帰るときに徐に言いました。
「わたしはここから五、六里のところにある別荘に住んでいる者です。明日一度お遊びにお出で下さいませんか」
「ありがとうございます」
 あくる日、約束の通りにたずねて行くと、一里ばかりのところに迎いの者が来ていました。馬に乗せられ、案内されると、やがて大きい邸宅の前に着きました。かの青年も出《い》で迎えて、いろいろの馳走をしてくれた末に、徐が材木を仕入れに来ていることを聞いて、青年は言いました。
「それならば私の持っている山に材木がたくさんありますから、早速に伐り出させましょう」
 舟へ帰って待っていると、果たして一両日の後にたくさんの材木を運ばせて来ました。しかも木地が良くて、値《ね》が廉《やす》いので、徐は大喜びで取引きをしました。
 それでもうこの土地にいる必要もないので、徐はさらに暇乞《いとまご》いに行きますと、青年はまた四枚の大きい杉の板を出しました。
「これは売り買いではなく、わたしからお餞別《せんべつ》に差し上げるのです。呉《ご》の地方へお持ちになると、きっと良い御商法になりましょう」
 そこで、呉の地方へ舟を廻しますと、あたかも呉の帥《そつ》が死んで、その棺にする杉の板が入用だということになったのですが、その土地にはよい板がない。そこへかの杉を売り込みに行ったので、たちまち買い上げられることになって、一度に数十万銭を儲けました。
 徐もその謝礼として、種々の珍しい物を買い込んで、再びかの青年のところへ持参すると、青年もよろこんで再び材木を売ってくれました。
 その後にもまた
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