り返してみると、長さ五、六尺の大きい亀があらわれました。亀は生きているので、川へ放してやりました。
 尼はその後、別条もありませんでした。

   剣

 建《けん》州の梨山廟《りざんびょう》というのは、もとの宰相|李廻《りかい》を祀《まつ》ったのだと伝えられています。李は左遷されて建州の刺史となって、臨川《りんせん》に終りましたが、その死んだ夜に、建安《けんあん》の人たちは彼が白馬に乗って梨山に入ったという夢をみたので、そこに廟を建てることになったのだそうです。
 呉《ご》という大将が兵を率いて晋安《しんあん》に攻め向うことになりました。呉は新しく鋳《い》らせた剣を持っていまして、それが甚だよく切れるのです。彼は出陣の節に、その剣をたずさえて梨山の廟に参詣しました。
「どうぞこの剣で、手ずから十人の敵を斬り殺させていただきとうございます」と、彼は神前に祈りました。
 その夜の夢に、神のお告げがありました。
「人は悪い願いをかけるものではない。しかし私はおまえを祐《たす》けて、お前が人手にかからないように救ってやるぞ」
 いよいよ合戦になると、呉の軍は大いに敗れて、左右にいる者もみな散りぢりになりました。敵は隙間なく追いつめて来ます。
 とても逃げおおせることは出来ないと覚悟して、呉はかの剣をもってみずから首を刎《は》ねて死にました。

   金児と銀女

 建安の村に住んでいる者が、常に一人の小さい奴《しもべ》を城中の市《いち》へ使いに出していました。
 家の南に大きい古塚がありまして、城へ行くにはここを通らなければなりません。奴がそこを通るたびに、黄いろい着物をきた少年が出て来て、相撲を一番取ろうというのです。こっちも年が若いものですから、喜んでその相手になって、毎日のように相撲を取っていました。それがために往復の時間が毎日おくれるので、主人が怪しんで叱りますと、奴も正直にその次第を白状しました。
「よし。それではおれが一緒にゆく」
 主人は槌《つち》を持って草のなかに忍んでいると、果たしてかの少年が出て来て、奴に相撲をいどむのです。主人が不意に飛び出して打ち据えると、少年のすがたは忽ちに金で作った小児に変りました。それを持って帰ったので、主人の家は金持になりました。
 又一つ、それに似た話があります。
 廬《ろ》州の軍吏|蔡彦卿《さいげんけい》という人が拓皐《たくこう》というところの鎮将となっていました。ある夏の夜、鎮門の外に出て涼んでいると、路の南の桑林のなかに、白い着物をきた一人の女が舞っているのを見ました。不思議に思って近寄ると、女のすがたは消えてしまいました。
 あくる夜、蔡は杖を持ち出して、その桑林の草むらに潜んでいると、やがてかの女があらわれて、ゆうべと同じように舞い始めたので、彼は飛びかかって打ち仆《たお》すと、女は一枚の白金に変りました。さらにその辺の土を掘り返すと、数千両の銀が発見されました。

   海神

 江南の朱廷禹《しゅていう》という人の親戚なにがしが海を渡るときに難風に逢いまして、舟がもうくつがえりそうになりました。
「それは海の神が何か欲しがっているのですから、ためしに荷物を捨ててごらんなさい」と、船頭が言いました。
 そこで、舟に積んでいる荷物を片端から海へ投げ込みましたが、波風はなかなか鎮まりそうもありません。そのうちに一人の女が舟に乗って来ました。女は絶世の美人で、黄いろい衣《きもの》を着て、四人の従卒に舟を漕がせていましたが、その卒はみな青い服を着て、朱《あか》い髪を散らして、豕《いのこ》のような牙《きば》をむき出して、はなはだ怖ろしい形相《ぎょうそう》の者どもばかりでした。
 女はこちらの舟へはいって来て言いました。
「この舟にはいい髢《かもじ》がある筈だから、見せてもらいたい」
 こちらは慌てているので、髢などはどうしたか忘れてしまって、舟にあるだけの物はみな捨てましたと答えると、女は頭《かしら》をふりました。
「いや、舟のうしろの壁ぎわに掛けてある箱のなかに入れてある筈だ」
 探してみると、果たしてその通りでした。舟には食料の乾肉《ほしにく》が貯えてありましたので、女はそれを取って従卒らに食わせましたが、かれらの手はみな鳥の爪のように見えました。
 女は髢を取って元の舟へ乗り移ると、人も舟もやがて波間に隠れてしまいました。波も風もいつか鎮まって、舟は安らかに目的地の岸へ着きました。

   海人

 東《とう》州、静海《せいかい》軍の姚氏《ちょうし》がその部下と共に、海の魚を捕って年々の貢物《みつぎもの》にしていました。
 ある時、日もやがて暮れかかるのに、一向に魚が捕れないので、困ったものだと思っていると、たちまち網にかかった物がありました。それは一個の真っ黒な人間で、から
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