が、しかも雨風の声が遠くきこえた。その声がだんだんに近づいて来るので、宦者はここぞと思って、かの亀を取り出して階上に置くと、やや暫くして亀は首を伸ばして一道の気を吐いた。その気はかんむりの紐ぐらいの太さで、まっすぐに三、四尺ほどもあがって徐々に消え失せた。その後は亀も常のごとくに遊んでいて、先にきこえた風雨の声もやんだ。
 夜が明けると、駅の役人らもおいおいに出て来て、庭前に拝礼した。
「昨日あなたがお出でになるのを知って、打ち揃ってお迎いに出る途中、あやまって一匹の蛇を殺しました。それは報寃蛇《ほうえんだ》で、今夜きっとその祟りを受けるに相違ないので、あたりの者はみな三十里五十里の遠方へ立ち退いて、その毒気を避けましたが、わたくしどもは遠方まで立ち去らず、近所の山の岩窟にかくれて夜の明けるのを待って居りました。唯今これへ来て見れば、あなたはつつがなく一夜をおすごしなされた御様子、これは神の助けと申すもので、人間の力では及ばない事でございます」
 そのうちに往来の人もだんだんに来た。その話によると、これからさきの道にあたって、十数頭のうわばみが総身くずれただれて死んでいたという。その以
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