えた者はどこへか連れて行かれて、どうなってしまうか判らない。女を取り、物を取るのはすべて自分ひとりで、他に党類はない。朝はたらいで顔を洗い、帽をかぶり、白衣を着るが、寒さ暑さに頓着せず、全身は長さ幾寸の白い毛に蔽《おお》われている。
かれが家にある時は、常に木彫りの書物を読んでいるが、その文字は符篆《ふてん》の如くで、誰にも読むことは出来ない。晴れた日には両手に剣を舞わすが、その光りは身をめぐって飛び、あたかも円月の如くである。飲み食いは時を定めず、好んで木実《このみ》や栗を食うが、もっとも犬をたしなみ、啖い殺して血を吸うのである。午《ひる》を過ぎると飄然として去り、半日に数千里を往復して夕刻には必ず帰って来る。夜は婦女にたわむれて暁に至り、かつて眠ったことがない。要するに※[#「けものへん+暇のつくり」、第4水準2−80−45]※[#「けものへん+矍」、133−13]《かかく》のたぐいである。
ことしの秋、木の葉が落ち始める頃に、かれはさびしそうに言った。
「おれは山の神に訴えられて、死罪になりそうだ。しかし救いをもろもろの霊ある物に求めたから、どうにか免《まぬ》かれるだろう」
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