前月、書物を収めてある石橋が火を発して、その木簡《もっかん》を焼いてしまった。かれは書物を石の下に置いたのである。かれは悵然《ちょうぜん》としてまた言った。
「おれは千歳《せんざい》にして子がなかったが、今や初めて子を儲けた。おれの死期もいよいよ至った」
 かれはまた、女たちを見まわして、涙を催しながら言った。
「この山は険阻で、かつて人の踏み込んだことのない所だ。上は高くして樵夫《きこり》なども見えず、下は深うして虎狼《ころう》怪獣が多い。ここへもし来る者があれば、それは天の導きというものだ」
 怪物の話はこれで終った。※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]はその宝玉や珍品や婦女らを連れて帰ったが、婦女のうちには我が家を知っていて、無事に戻る者もあった。※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]の妻は一年の後に男の子を生んだが、その容貌は父に肖《に》ていた。
 ※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]は後に陳《ちん》の武帝《ぶてい》のために誅せられたが、彼は平素から江総《こうそう》と仲がよかった。江総は※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]の子の聡明なるを愛して、常に自分
前へ 次へ
全30ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング