わ》しい峰つづきで、眼さきも見えない闇夜にはどこへ追ってゆくすべもない。夜が明けても、そこらになんの手がかりも見いだされなかった。
 ※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]の痛憤はいうまでもない。彼はこのままむなしく還《かえ》らないと決心して、病いと称してここに軍を駐《とど》め、毎日四方を駈けめぐって険阻の奥まで探り明かした。こうしてひと月あまりを経たるのち、百里(六丁一里)ほどを隔てた竹藪で妻の繍履《ぬいぐつ》の片足を見付け出した。雨に湿《ぬ》れ朽ちてはいたが、確かにそれと認められたので、※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]はいよいよ悲しみ怒って、そのゆくえ捜索の決心をますます固めた。
 彼は三十人の壮士をすぐって、武器をたずさえ、糧食を背負い、巌窟《がんくつ》に寝《い》ね、野原で食事をして、十日あまりも進むうちに、宿舎を去ること二百里、南のかたに一つの山を認めた。山は青く秀《ひい》でて、その下には深い渓《たに》をめぐらしていた。一行は木を編んで、嶮しい巌や翠《あお》い竹のあいだを渡り越えると、時に紅い衣《きもの》が見えたり、笑い声がきこえたりした。
 蔦《つた》かずらを攀
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