《よ》じて登り着くと、そこには良い樹を植えならべて、そのあいだには名花も咲いている。緑の草がやわらかに伸びて、さながら毛氈《もうせん》を敷いたようにも見える。あたりは清く静けく、一種の別天地である。
 路を東にとって石門にむかうと、婦女数十人、いずれも鮮麗の衣服を着て歌いたわむれていたが、※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]の一行を見てみな躊躇するようにたたずんでいた。やがて近づくと、かれらは一行にむかって、なにしに来たかと訊《き》いた。※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]は事情をつまびらかに打ち明けると、女たちは顔をみあわせて嘆息した。
「あなたの奥さんはひと月ほど前からここに来ておいでですが、今は病気で寝ておられます。来てごらんなさい」
 門をはいると、木の扉がある。内は寛《ひろ》くて、座敷のようなものが三、四室ある。壁に沿うて床《とこ》を設け、その床は綿に包まれている。※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]の妻は石の榻《とう》の上に寝ていたが、畳をかさね、茵《しとね》をかさねて、結構な食物がたくさんに列べてあった。たがいに眼を見合わせると、妻は急に手を振って、夫に
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