言い捨てて出たままで、彼女はかさねて帰らなかった。それから時を移しても、赤児《あかご》の啼く声がちっとも聞えないので、崔は怪しんでうかがうと、赤児もまた殺されていた。
 その子を殺したのは、のちの思いの種を断つためであろう。昔の侠客もこれには及ばない。[#地から1字上げ](原化記)

   霊鏡

 唐の貞元年中、漁師十余人が数|艘《そう》の船に小網を載せて漁に出た。蘇州《そしゅう》の太湖が松江《しょうこう》に入るところである。
 網をおろしたがちっとも獲物《えもの》はなかった。やがて網にかかったのは一つの鏡で、しかもさのみに大きい物でもないので、漁師はいまいましがって水に投げ込んだ。それから場所をかえて再び網をおろすと、又もやかの鏡がかかったので、漁師らもさすがに不思議に思って、それを取り上げてよく視ると、鏡はわずかに七、八寸であるが、それに照らすと人の筋骨《きんこつ》から臓腑《ぞうふ》まではっきりと映ったので、最初に見た者はおどろいて気絶した。
 ほかの者も怪しんで鏡にむかうと、皆その通りであるので、驚いて倒れる者もあり、嘔吐《はきけ》を催す者もあった。最後の一人は恐れて我が姿
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