《よ》じて登り着くと、そこには良い樹を植えならべて、そのあいだには名花も咲いている。緑の草がやわらかに伸びて、さながら毛氈《もうせん》を敷いたようにも見える。あたりは清く静けく、一種の別天地である。
 路を東にとって石門にむかうと、婦女数十人、いずれも鮮麗の衣服を着て歌いたわむれていたが、※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]の一行を見てみな躊躇するようにたたずんでいた。やがて近づくと、かれらは一行にむかって、なにしに来たかと訊《き》いた。※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]は事情をつまびらかに打ち明けると、女たちは顔をみあわせて嘆息した。
「あなたの奥さんはひと月ほど前からここに来ておいでですが、今は病気で寝ておられます。来てごらんなさい」
 門をはいると、木の扉がある。内は寛《ひろ》くて、座敷のようなものが三、四室ある。壁に沿うて床《とこ》を設け、その床は綿に包まれている。※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]の妻は石の榻《とう》の上に寝ていたが、畳をかさね、茵《しとね》をかさねて、結構な食物がたくさんに列べてあった。たがいに眼を見合わせると、妻は急に手を振って、夫に早く立ち去れという意を示した。
 女たちは言った。
「奥さんはこの頃お出でですが、わたし達の中にはもう十年もここにいる者があります。ここは神霊ある物の棲む所で、自由に人を殺す力を持っています。百人の精兵でも、かれを取り押えることは出来ません。幸いに今は留守ですから、還らない間に早く立ち去るが好うございます。しかし美《い》い酒二石と、食用の犬十匹と、麻数十|斤《きん》とを持ってお出でになれば、みんなが一致して彼を殺すことが出来ます。来るならば必ず正午ごろに来てください。それも直ぐに来てはなりません。十日を過ぎてお出でなさい」
 それでは十日の後に再び来ると約束して、※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]の一行は立ち帰った。それから美酒と犬と麻とを用意して、約束の時刻にたずねて行くと、女たちは待っていた。
「かれは酒が大好きで、酔うと力が満ちて来ると見えて、私たちに言いつけて綵糸《いろいと》で自分のからだを牀《ゆか》に縛り付けさせます。そうして、一つ跳《は》ねあがると、糸は切れてしまうのです。しかし三本の糸をまき付けると、力が不足で切ることが出来ません。それですから、帛《きぬ》のなかに
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