」、第3水準1−89−89]《おうようこつ》は各地を攻略して長楽《ちょうらく》に至り、ことごとく諸洞の敵をたいらげて、深く険阻《けんそ》の地に入り込んだ。
欧陽※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]の妻は白面細腰《はくめんさいよう》、世に優れたる美人であったので、部下の者は彼に注意した。
「将軍はなぜ麗人を同道して、こんな蕃地へ踏み込んでお出《い》でになったのです。ここらの山の神は若い女をぬすむといいます。殊に美しい人はあぶのうございますから、よく気をお付けにならなければいけません」
※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]はそれを聞いて甚だ不安になった。夜は兵をあつめて宿舎の周囲を守らせ、妻を室内に深く閉じ籠めて、下婢《かひ》十余人を付き添わせて置くと、その夜は暗い風が吹いた。五更《ごこう》(午前三時―五時)に至るまで寂然《せきぜん》として物音もきこえないので、守る者も油断して仮寝《うたたね》をしていると、たちまち何物かはいって来たらしいので驚いて眼をさますと、将軍の妻はすでに行くえ不明であった。扉《とびら》はすべて閉じたままで、どこから出入りしたか判らない。門の外は嶮《けわ》しい峰つづきで、眼さきも見えない闇夜にはどこへ追ってゆくすべもない。夜が明けても、そこらになんの手がかりも見いだされなかった。
※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]の痛憤はいうまでもない。彼はこのままむなしく還《かえ》らないと決心して、病いと称してここに軍を駐《とど》め、毎日四方を駈けめぐって険阻の奥まで探り明かした。こうしてひと月あまりを経たるのち、百里(六丁一里)ほどを隔てた竹藪で妻の繍履《ぬいぐつ》の片足を見付け出した。雨に湿《ぬ》れ朽ちてはいたが、確かにそれと認められたので、※[#「糸+乞」、第3水準1−89−89]はいよいよ悲しみ怒って、そのゆくえ捜索の決心をますます固めた。
彼は三十人の壮士をすぐって、武器をたずさえ、糧食を背負い、巌窟《がんくつ》に寝《い》ね、野原で食事をして、十日あまりも進むうちに、宿舎を去ること二百里、南のかたに一つの山を認めた。山は青く秀《ひい》でて、その下には深い渓《たに》をめぐらしていた。一行は木を編んで、嶮しい巌や翠《あお》い竹のあいだを渡り越えると、時に紅い衣《きもの》が見えたり、笑い声がきこえたりした。
蔦《つた》かずらを攀
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