で、久しく鎖《とざ》されたままで住む者もなかった。
唐の貞元《ていげん》年中に盧虔《ろけん》という人が御史《ぎょし》に任ぜられて、宿所を求めた末にかの古屋敷を見つけた。そこには怪異があるといって注意した者もあったが、盧は肯《き》かなかった。
「妖怪があらわれたらば、おれが鎮めてやる」
平気でそこに移り住んで、奴僕《しもべ》どもはみな門外に眠らせ、自分は一人の下役人と共に座敷のまん中に陣取っていた。下役人は勇悍《ゆうかん》にして弓を善《よ》くする者であった。
やがて夜が更けて来たので、下役人は弓矢をたずさえて軒下に出ていると、やがて門を叩く者があった。下役人は何者だとたずねると、外では答えた。
「柳《りゅう》将軍から盧君に書面をお届け申す」
言うかと思うと、一幅《いっぷく》の書がどこからとも知れずに軒下へ舞い落ちた。それは筆をもって書いたもので、字画《じかく》も整然と読まれた。その文書の大意は――我はここに年《とし》久しく住んでいて、家屋|門戸《もんこ》みな我が物である。そこへ君が突然に入り込んで済むと思うか。もし君の住宅へ我々が突然に踏み込んだら、君もおそらく捨てては置くまい。
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