い》、李暉《りき》の二人があった。かれらは大きい船に魚や蟹《かに》のたぐいを積んで、呉《ご》や越《えつ》の地方へ売りに出ていた。
唐の天宝《てんぽう》十三年、春三月、かれらは新安《しんあん》から江を渡って丹陽《たんよう》郡にむかい、下査浦《かさほ》というところに着いた。故郷の宣城を去る四十里(六丁一里)の浦である。日もすでに暮れたので、二人は船を岸につないで上陸した。
そこで、李は岸の人家へたずねて行き、劉は岸のほとりにとどまっていると、夜は静かで水の音もひびかない。その時、たちまち船のなかで怪しい声がきこえた。
「阿弥陀仏、阿弥陀仏」
おどろいて透かして視ると、一尾の大きい魚が船のなかから鬚《ひげ》をふり、首をうごかして、あたかも人の声をなして阿弥陀仏を叫ぶのであった。劉はぞっ[#「ぞっ」に傍点]として、蘆《あし》のあいだに身をひそめ、なおも様子をうかがっていると、やがて船いっぱいの魚が一度に跳ねまわって、みな口々に阿弥陀仏を唱え始めたので、劉はもう堪《た》まらなくなって、あわてて船へ飛び込んで、船底にあるだけの魚を手あたり次第に水のなかへ投げ込んだ。
全部の魚を放してしまっ
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