て来た。
「これから七日のあいだ、決してこの殿堂の戸をあけて下さるな。食い物などの御心配に及びません。画《え》の具の乾かないうちに風や日にさらすことは禁物ですから、誰も覗《のぞ》きに来てはいけません」
 こう言って、かれらは殿堂のなかに閉じ籠ったが、それから六日のあいだ、堂内はひっそりしてなんの物音もきこえないので、寺の僧等も不審をいだいた。
「あの七人はほんとうに画を描いているのかしら」
「なんだかおかしいな。なにかの化け物がおれ達をだまして、とうに消えてしまったのではないかな」
 評議まちまちの結果、ついにその殿堂の戸をあけて見ることになった。幾人の僧が忍び寄って、そっと戸をあけると、果たして堂内に人の影はみえなかった。七羽の鴿《はと》が窓から飛び去って、空中へ高く舞いあがった。
 さてこそと堂内へはいって調べると、壁画は色彩うるわしく描かれてあったが、約束の期日よりも一日早かったために、西北の窓ぎわだけがまだ描き上げられずに残っていた。その後に幾人の画工がそれを見せられて、みな驚嘆した。
「これは実に霊妙の筆である」
 誰も進んで描き足そうという者がないので、堂の西北の隅だけは、
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