怒って、門を叩き破って踏み込むと、前に言ったような始末であるので、彼はいよいよ怒った。
「なんで夫の着物を破ってしまったのだ」
その返事の代りに、妻は夫にむしり付いた。そうして、今度はその着ている物をむやみに引き裂くばかりか、顔を引っ掻く、手に食いつくという大乱暴に、陳もほとほと持て余していると、その騒動を聞きつけて、近所の人や往来の者がみな門口《かどぐち》にあつまって来た。そのなかに※[#「赤+おおざと」、第3水準1−92−70]居士《かくこじ》という人があった。かれは邪を攘《はら》い、魔を降《くだ》すの術をよく知っていた。
居士は表から女の泣き声を聞いて、あたりの人にささやいた。
「あれは人間ではない。山に棲む獣《けもの》に相違ない」
それを陳に教えた者があったので、陳は早速に居士を招じ入れると、妻はその姿をみて俄かに懼れた。居士は一紙の墨符《ぼくふ》を書いて、空《くう》にむかってなげうつと、妻はひと声高く叫んで、屋根|瓦《がわら》の上に飛びあがった。居士はつづいて一紙の丹符《たんぷ》をかいて投げつけると、妻は屋根から転げ落ちて死んだ。それは一匹の猿であった。
その後、別に
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