と座敷を出て行った。その人びとが残らず出尽くしたときに、古い家が突然に頽《くず》れ落ちた。かれらは鼠に救われたのである。家が頽れると共に、鼠はみな散りぢりに立ち去った。
陳巌の妻
舞陽《ぶよう》の人、陳巌《ちんがん》という者が東呉《とうご》に寓居《ぐうきょ》していた。唐の景龍《けいりゅう》の末年に、かれは孝廉《こうれん》にあげられて都へゆく途中、渭南《いなん》の道で一人の女に逢った。かれは白衣《はくい》をつけた美女で、袂《たもと》をもって口を被《おお》いながら泣き叫んでいるのである。
見すごしかねてその子細をきくと、女は泣きながら答えた。
「わたくしは楚《そ》の人で、侯《こう》という姓の者でございます。父はこころざしの高い人物として、湘楚《しょうそ》のあいだに知られて居りましたが、山林に隠れて富貴栄達《ふっきえいたつ》を望みませんでした。しかし沛《はい》国の劉《りゅう》という人とは親しい友達でありまして、その関係からわたくしはその劉家へ縁付《えんづ》くことになりました。それから丁度十年になりまして、自分としてはなんの過失《あやまち》もないつもりで居りますのに、夫は昨年から
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