するので、彼は早々にそこを立ち去って、近所の村びとの家に一夜を明かした。
 翌日は気分も快《よ》くなったので、きのうの通りにあるき出すと、路ばたに蛙《かわず》の鳴く声がそうぞうしくきこえた。それがかの僧らのいわゆる梵音に甚だ似ているので、彼は俄かに思い当ることがあった。夢のうちの記憶をたどりながら、五、六里ほども西の方角へたずねて行くと、そこには深い森もあり、大きい池もあった。池のなかにはたくさんの蛙が浮かんでいた。
「坊主の正体はこれであったか」
 彼はその蛙を片端から殺し尽くした。

   鼠の群れ

 洛陽《らくよう》に李氏《りし》の家があった。代々の家訓で、生き物を殺さないことになっているので、大きい家に一匹の猫をも飼わなかった。鼠を殺すのを忌《い》むが故である。
 唐の宝応《ほうおう》年中、李の家で親友を大勢よびあつめて、広間で飯を食うことになった。一同が着席したときに、門外に不思議のことが起ったと、奉公人らが知らせて来た。
「何百匹という鼠の群れが門の外にあつまって、なにか嬉しそうに前足をあげて叩いて居ります」
「それは不思議だ。見て来よう」
 主人も客も珍しがってどやどや
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